魔法少女が多すぎるっ!

 時は20XX年。10年前に突如として現れた謎の怪物【ダモン】に襲撃を受けた小都市【花守市】! しかし、それと同時に【花守市】には正義の心と特別な力を持った少女【魔法少女】も出現! ダモンに対抗できる唯一の存在である彼女たちは協力し合いながら、凶悪な怪物との戦いを繰り広げながら、街を守り続けた!

 だが、戦いは激化。増殖し凶悪化するダモンに対抗するため、魔法少女も次々登場! 力と数がインフレし続ける中で、ついに一年前、ダモンの首魁を叩くことに成功したのである!

 しかし、これまでの戦いで花守市に増え続けた魔法少女、その数はついに、100万人にも及んだ!

 そう! 魔法少女が多すぎるのである! 小都市花守市の本来の人口は10万人! わずか10年で花守市は人口の9割以上を魔法少女で占める、【大魔法少女都市】となっていたのだ!

 だが、多すぎるのである! すでにダモンの脅威は限りなく小さくなった! 首魁を喪ったダモンはこの一年で激減! それに対して魔法少女100万人は多すぎるのである! とはいえ、まだたまにダモンは出現する。魔法少女はまだ花守市に必要なのだ! 必要だが!

 100万人は多すぎるのである!

 しかし、勘のいい諸兄ならお気づきのことだろう。この国で、人数が増えたとき、何が行われるのか! 魔法少女が多い時に、何が行われるのか!

 そう! バトルロイヤルである!

 ダモンが増えたから殺します! 魔法少女が増えたから減らします! お釈迦様も納得!

 限りなく小さくなったとはいえ、なおもダモンの脅威を警戒する花守市は、現在100万人いる魔法少女を1万人にまで削減する方針を発表、魔法少女同士で競わせ、勝ち残ったものだけを公認し、保証することを定めたのだ! しかし、ダモンが再び勢力を盛り返すことを警戒したのと、強大な魔力によって不老不死に近い存在となった魔法少女において、魔法少女同士の命の奪い合いはご法度とし、「命を奪わずに戦闘能力を無効化するか、戦闘力を行使しない約束を取り付けるか、花守市外に退去させるか」を勝利の条件としたのである!

 この方針を聞いて、早速自ら花守市を見限り出ていく魔法少女もいたが、多くは魔法少女としての食い扶持をつなぐため、この不毛なバトルロイヤルに参加することを決意したのである!

 以上前段!

 そしてこの話は、魔法少女の座を維持するため、他の魔法少女に挑みかかる勇ましき者たちを、彼女たちを迎え撃ちつつ、これ幸いと自らの【ヘキ】のはけ口にする魔法少女の、戦いの物語である!

 そう! 【ヘキ】の話である!

 以下本編!

 某日、花守市木原区、花守市立花南中学校近くの小道にて。純白フリフリのかわいらしい衣装に身を包んだ魔法少女、【キュレーネ】は他の魔法少女と手分けして周辺のパトロールにあたっていた。魔法少女同士のバトルロイヤルが解禁されて以降、木原区を担当する魔法少女、しかも上位1万に入り得るクラスの実力者が相次いで行方不明になっており、実力派魔法少女たちはお互い争うのをやめて、協力しながら事件の究明を目指していた。

(不審な魔力の気配は感じないなー……今日は外れなのか、あるいは巧妙に偽装できる、実力者なのか……)

 キュレーネは不安そうな表情を浮かべながら、周囲の様子をうかがっていた。実力トップクラスの魔法少女にとって、1万人に残ること自体は本来難しいことではない。しかし、実力者の中には、その実力故にすでに【1万人に減った後】のことを考えて、競合する実力者の排除に動いている者たちもいることを、キュレーネは知っていた。そして、魔法少女は協力し合いながらも疑心暗鬼になっていた。自分たちの中に、犯人がいるだろうという推測。それはきっと間違いではなく、しかし確たる証拠もないため、ただただパトロールを重ねるしかなかったのだ。

 100万人いる魔法少女において、上位1万と、その他99万とでは、実力の差は歴然であると同時に、その上位1万において、上位100人とその他の9900人とでも、実力の差は歴然だ。そしてキュレーネは、実力で言えばおそらく150位前後。そしてこれまで行方不明になった魔法少女たちも、150位前後が主だった。ゆえにキュレーネは気づいていた。

 そろそろ、自分の番であると。

 行方不明になった魔法少女がどうなったのか、未だ分かっていない。ご法度である以上、命は奪われていないだろうが、おそらくは何らかの形で戦闘能力を奪われた状態で、監禁されているのだろう。

 正直、そんな目にはあいたくない。第一、そう言った自分より上の実力者や、下剋上を狙う下位の魔法少女をいちいち相手にしなくても、キュレーネは黙って逃げ切れば、1万人に残るなんて容易いことだった。だが、キュレーネにはそれができなかった。

 それは別に、正義の心がどうではない。ただ良心の呵責であったのは確かだった。キュレーネには、仲の良い魔法少女が一人いた。その彼女が、すでに行方不明となっていたのだ。彼女もまた1万人に容易に残り得る実力者であり、二人揃ってこの街に残れる前提で考えていたのに、バトルロイヤルが始まってから数日で彼女は行方をくらましてしまったのである。

 彼女が自分に何も告げずに、街を出ることは考えられない、ならばきっと、他の実力者にやられんだろう、キュレーネはそう考えていた。だからこそ、キュレーネも逃げることが出来なかった。

 大切な彼女を見捨ててまで、逃げ隠れして自分一人で魔法少女として生き残ることはできなかったのだ。

 勿論、自分より実力が上の魔法少女相手に、キュレーネが勝てる見込みは小さい。しかし、それでも見捨てることなどできなかったのだ。

(他の魔法少女からの連絡もない……今日は外れかな……?)

 自身専用の杖に座って宙に浮かびながら、狭い路地を低空飛行続けるキュレーネ。そろそろ仲間に連絡を取って、今日は一旦切り上げようかと思ったその時、ふと何かを感じてキュレーネは急停止した。何かとは何か、と言われれば、明確な答えはすぐに出てこなかった。ただそれは、魔法少女の経験に裏打ちされた、確かな勘だった。しかし、その勘が確かだとしても、急激に変化する事態に対応できるとは限らなかった。

「しまったっ! 【切り取られている】!」

 魔法少女は、ダモンと戦う時に、周囲に影響を与えないように、戦うための空間【ラウム】を作り出し、そこに自らとダモンを閉じ込めて戦う。その空間では、森羅万象は現実世界と切り離され、相互に干渉することが出来なくなる。つまり、現実世界とラウムでは、時の流れ、空気の流れ、魔力の流れ、あらゆるものの流れが一致しなくなるわけで、一流の魔法少女ともなれば、その幽かな違いを感じ取ることも造作ない。が、本来は対ダモン用のラウムに、自らが他の魔法少女によって閉じ込められる経験などあるはずもなく、キュレーネは気づけたはずのその機微を感じ取るのに遅れてしまったのだ。

「そう、【切り取った】……あなたほどの優秀な魔法少女が気づけないくらい、繊細に、静かに、正確に、私はラウムを作り出した。あなたと二人っきりになるために」

 聞こえてきたのは、キュレーネにとって聞き覚えのある声だった。

「……そうですか、【やっぱり】あなただったんですね」

「あら? 私が犯人だって、気づいていたの?」

「いえ。ただ、こんなことが出来るとすれば、あなたぐらいしかいませんから。【カリスト】」

 キュレーネの眼前にいたのは、漆黒のロングドレスに身を包み、長い黒髪を風になびかせるかわいらしい魔法少女の姿だった。

 キュレーネは、絶望を感じていた。もしこの事件を起こせるとすれば誰なのか、実力者はあらかじめ疑ってはいた。ただ、その答えがカリストだったのは、最悪の結果と言ってもいい。この花守市における魔法少女の【始まりの四人】、そのうちの一人なのだから。

「キュレーネ、私はあなたを買ってるの。生まれ持った素質は、トップクラス。現にまだ若いのに、1万人に残る有力候補の一人なんですもの。素晴らしいことよ」

「じゃあ、なんで【こんなところ】に私を閉じ込めたんです? デートのお誘いなら、ロマンチックなところにしてほしいものですけど」

「ここならだれにも邪魔されることなく、二人っきりで【イイコト】ができるでしょう? 最高よ」

 カリストがそう言ってパチンを指を鳴らすと、周囲のブロック塀に使われていたブロックが浮かび上がる。

「さ、まずは肩慣らしと行きましょ?」

 キュレーネは、厳しい戦いを覚悟していた。カリストは始まりの四人、すなわち十年前からこの花守市をダモンの魔の手から守り続けてきた、最強の魔法少女の一人なのだ。はっきり言ってキュレーネに勝ち目はない。しかし、だからと言ってあきらめるわけにはいかない。いなくなった友人も、カリストの手に堕ちた可能性が高いと分かった以上、ここで引くことはできないのだ。

 経験も、実力も、大きく差をつけられているが、キュレーネだって、この花守100万魔法少女の中で、一握りの実力者なのだ。勝ち目はなくても、一泡吹かせるぐらいの戦いはできるはず。追い詰められてこそ、魔法少女は真の力を発揮するのだから!キュレーネは決心を固めると、自らが座っていた杖を手に持ち、宙に浮かんだままカリストへと飛びかかっていった!

 が、しかし! 冒頭ではっきり申し上げたはずである!

 残念これは【ヘキ】の話なのだ!

 そう、バトルの過程なんてどうでもいいのである! 世界観は語りたいから十分語られるが、バトルの過程は特に重要でもないので描かない! そういう話はそういう話の時にする! いつもそうしてる! だが、ここでは違う!

 なぜならこれは、【ヘキ】の話なのだ!

 つまり、キュレーネとカリストのバトルは、なんやかんやあったが、まぁ結局カリストが勝った! カリストおめでとう!

「そんな……【ザイテンゲヴェール・シュトゥルム】が……まったく通用しないなんて……!」

 切り札の【ウルティムス】、起死回生の【クレアチオ】、それらが軽々とあしらわれ【コンフリクト】による【ダメージ】一つ負わせることが出来なかったキュレーネは、カリストの操る【無悪名無-インヴィジブル・インヴィンシブル-】によって体を押さえつけられ、肝心の【ファウスト】を【パージ】することさえできない【シチュエーション】だった。

 完敗である。

「面白い力を持つ子……でも、それを使いこなすことが出来なければ、ただの宝の持ち腐れ……だったら、どうせ使われない魔力なら、私が最高の形で使って、愛でてあげるわ」

 カリストのインヴィジブル・インヴィンシブル、すなわち見えない無数の腕による攻撃は、いかなる魔法少女にとっても防ぎようのない力で、彼女が最強魔法少女の一角を10年間守り続けてきた所以でもある。そしてこの力の真の恐ろしさは、単なる魔力的な、あるいは物理的なエネルギーにおける力だけではなかった。

「私のインヴィジブル・インヴィンシブルは、何でもできる私の重要な力。これのおかげで、私は何も恐れず、何にも怯えず、何にも臆することなく、何でもできる。そう、たとえばこういうことも……ね」

 カリストがそう告げた瞬間、キュレーネは自分の顔が見えない何かの力によって、激しく揉まれているのを感じた。それもただ、揉みくちゃにされるだけではなく、徐々に自分の顔がなんだか自分のものではなくなっていくような、今まで経験したことのない感覚に襲われていた。

「顔の正面だけじゃアンバランスだし……やっぱりお耳も合わせないとね」

「――――ッ!?」

 そう言って今度は、耳が見えない力によって【引っ張られていく】。しかし、その時ついにキュレーネは気づいた。引っ張られていく、というのはつまり、【耳が伸びていく】感覚なのだ。それを理解して、キュレーネはようやく自分が、自分の顔が、何か別の生き物のものに変えられていることに気が付いた。

「カリス! 私何をしたの!?」

「おっと、そうだった。まだ口の中は作り替えてなかったね、でもまだ喋れてよかったね」

 漆黒のドレスの少女が、にたりにたりと笑いながら、キュレーネのことを眺めている。

「いいわ、見せてあげる。その瞬間が、私は好きだから」

 そう言ってまたカリストが指をパチン、と鳴らすと、何処からともなく大きな鏡が飛んできて、キュレーネの前へと置かれた。キュレーネは、その鏡を見て自分の顔に【何をされたのか】知った。

 そこにいたのは、見慣れた純白のフリフリの魔法少女の衣装を着た、見慣れた姿だった。その頭が、ウサギのものになっていること以外は――。

「そんな、これは、この顔が……このウサギが……」

「そう、そのウサギがキュレーネちゃん、貴女の新しい顔よ!」

 顔全体を、純白の柔らかな毛が覆いつくす。鼻の横からはひげがぴょんと伸び、瞳は真っ赤に染まっていた。耳は長く上へ伸びており、その顔は誰が見ても、ウサギのそれだった。キュレーネの面影なんて、ほとんどなかった。

「……こうやって、他の魔法少女も、別の姿に変えていたの?」

「おっと、ここに来て他人の心配? やさしいわね」

 カリストの意地悪な言葉に、キュレーネはウサギの顔で睨みつけた。

「あらあら、怖い顔しないの。せっかくのかわいい顔が台無し」

「答えて! 【エウケラデ】は、貴女が、貴女が何かをしたの!?」

「ああ……そういえばキュレーネは、彼女と仲が良かったんだっけ?」

 そう、エウケラデはキュレーネと仲の良かった魔法少女の名だ。カリストが自分にしたことを考えれば、やはり行方不明になっているエウケラデも、カリストの手によって何かされたに違いないと考えた。

「ふふ……そうね、じゃあ第二ラウンドでもしましょ?」

「第二ラウンド……?」

「今から私はあなたを逃がす。あなたが私のインヴィジブル・インヴィンシブルが逃げ切れればあなたの勝ち。エウケラデを返してあげる。でももし逃げ切れなければ、エウケラデのところにあなたを連れて行く。……どうかしら」

 キュレーネはわかっていた。すでにその提案は、カリストを喜ばせるための遊びに付き合わされるだけでしかないことを。全力を出して全く歯が立たなかったインヴィジブル・インヴィンシブルから逃げ切る術などないことを。それでも、例えそうだと分かっていても、やはり、キュレーネはエウケラデを見捨てることが出来なかった。

「……約束は、守ってもらいますよ」

「ふふ、ゲーム成立ね……じゃあ今から、ヨーイ……ドン!」

 カリストの言葉と共に、ウサギ頭の魔法少女は放り投げられていた自分の杖を慌てて持ち上げて、それに乗りカリストのもとから離れるように飛び立った。少しでもカリストから距離を取らなければ。そう思っての行動だった。

 しかし、見えない脅威インヴィジブル・インヴィンシブルは、いつ、どこから、どうやって、キュレーネの体を蝕んでくるか全く気づいていなかった。

 飛び立ってから数秒、襲われる気配がなくやけに静かで妙だなと思って、何気なくきょろきょろとしているときに、ふと自分の手が目に入った時に、キュレーネは気づいたのだ。自分の指が短くなり、皮膚からはウサギの白い毛が生え始めていた。

 そう、逃げることなどやはり無駄なのだ。何故ならインヴィジブル・インヴィンシブルは【今この瞬間もキュレーネの体をウサギへと作り替えていた】のだ!

「言ったでしょう? 何でもできるって。顔を変える時、耳を伸ばす時【触れていると感じた】のは、【触られていると感じさせた】からよ。だから逆に、こうして苦痛も感覚もなく、貴女を変えることもできる」

 宙を飛んで逃げていたキュレーネの前には、いつの間にかカリストが先回りして立ちはだかっていた。逃げなきゃ――そう感じて方向を変えようとするが、その時キュレーネは体のバランスを取り損ねたうえ、短くなった指で杖を握り続けることもできず、その体は完全に宙へと放り出され、目の前にいたカリストの胸へと飛び込んで、受け止めてもらう形になってしまった。そうしている間にも、キュレーネの体はどんどん、どんどんウサギに近づいていく。

「さぁ、どうする? まだ続ける?」

 その言葉を聞いてもなお、キュレーネの意志は固かった。とっさにカリストの腕をはらって宙へ飛び出し、自由落下の道を選んだ。体を作り替えられているとはいえ、キュレーネには魔力がまだ十分に残っていた。魔力で自分の体と杖をコントロールしながら、短くなった腕で杖にしがみつくと、何とか怪我することなく飛び続けることに成功した。が。

「【触られていることに感じさせず変化させることが出来る】ということは、こういうこともできるってことなんだけどね」

「あぁっ!?」

 カリストのその言葉の瞬間、キュレーネは体にしびれを感じて、抱きしめていた杖を放してしまい地面にたたきつけられてしまった。勿論、魔法の加護でこれぐらいはどうと言うことはない。が、体のしびれがキュレーネの自由を奪い、逃げ回ることで緩和されていたインヴィジブル・インヴィンシブルによる変化が、一気にキュレーネを襲ったのだ。

「いやだ、ウサギになンカ……なりたキュナイ……! イヤ……ガッ……キュウッ……!?」

 必死にその場から逃れようとするキュレーネ。しかし徐々に言葉は話せなくなっていき、体は小さくなっていく。そしてとうとう着慣れた純白の衣装が脱げてしまい、キュレーネは一糸まとわぬ姿となってしまうが。すでにその全身を純白の毛が覆い、手足は短く、お尻からは愛らしい尻尾が生えていた。そう変化はすでにほぼ、完了していたのだ。

「あらあらかわいらしいウサギちゃん。どこから迷い込んだのかしら」

 キュレーネの、ウサギの長い耳に、カリストのわざとらしい声が届いた。そして身動きの取れないキュレーネの前に、再びあの大きな鏡が置かれた。そうしてキュレーネはまじまじと自分の姿を見せつけられることになる。変わり果てた姿を、かつて自分が着ていた魔法少女の服のそばにたたずむ、一匹のただのウサギの姿を。

「さぁて、ウサギちゃん。これでゲームはおしまい。お友達のところに連れて行ってあげるわ」

 カリストはそう言ってキュレーネ――いや、ウサギを抱きかかえると、またパチンと指を鳴らした。するとウサギが瞬きする間もなく、ふと気づいた瞬間には当たりの景色が様変わりしていた。どうやら、瞬間移動でもしたようだった。

(どうなっちゃうんだろう私……このままウサギとしてカリストに飼われるのかな……どっか売り払われたりしちゃうのかな……)

 ウサギはすっかり怯えた様子でカリストの腕の中で丸まっていた。が、ウサギはまた十分に理解していなかった。

 何をって?

 これが【ヘキ】の物語だということをである!

 そう、これは【ヘキ】の物語! ウサギになりました、ちゃんちゃん! で終わろうはずがないのである! カリストの恐ろしさは、こんなものではないのだ!

「さてと、ここがウサギちゃんの新しいお部屋よ」

 どうやらここは、カリストの屋敷らしい。ウサギが連れてこられたのは、本や、装飾品、様々なものが飾られている部屋だった。

「この部屋はね、私のコレクションルームなの。そしてこの部屋をより一層明るく美しく見せるために、せっかく手に入れた燭台に見合ったロウソクがほしかったところなの」

 ウサギには、カリストの言葉が今一つ呑み込めなかった。確かに部屋の真ん中には大きく美しい燭台が置かれていた。しかし、ロウソクがほしいなら買えばいいだろうと、わざわざそれをウサギに話す必要などないと思っていた。が、しかししかし。

「じゃあ、ここから第三ラウンド!」

「ッ――!?」

「とっても、ウサギちゃんにはもう、抵抗のしようが無いんだけどね。どれだけ抗って見せるか、私にとっては見ものなの。付き合ってもらうわよ」

 カリストはそう言って、ウサギを燭台の上に乗せたのである。一瞬ウサギは混乱し、その場から飛び降りようとしたが、うまくいかなかった。そしてウサギは次々気づいていく。自分の足が、固い何かに変質し動かなくなっていることを。そして、その変質が徐々に体の上へ上ってきていることを。

 ウサギはようやく、カリストの言葉を理解した。自分が今乗っている燭台、それにロウソクとは、自分自身のことであることを。

「キュゥー!! キュウギュウゥゥーー!!!」

 ウサギは激しく鳴き叫んだ。自分の体が固まっていく恐怖に、ウサギはただただそれしかできなかった。

(いやだ! ウサギの姿だっていやだけど、そのままロウソクになるなんて……ただの【モノ】になるなんて……いや! 誰か助けて、誰か――!)

 しかし、ウサギの声を聞くのは、それを聞いて恍惚の表情を浮かべるカリストただ一人だけだった。やがてウサギの体は下半身から上半身、そして口、鼻、目、耳と固まっていき……そしてついに。

「――」

 美しい燭台の上には、かわいらしいウサギのロウソクが出来上がったのである。

「うんうん、上出来上出来」

 ウサギに変えられた上に、ロウソクに変えられたキュレーネは、もはや何もできなかった。その体は既に血も肉もない、ただのロウの塊となっていたが、なおも自らの体の内側に大量の魔力があり、【命】がここにあることを自覚していた。つまり、誰かの手によってもとに戻る魔法さえかけてもらえば、キュレーネはまだ人間に戻れるのである。そう、ただのロウソクとなった彼女の正体が魔法少女であると気づき、カリストの魔法を超えるだけの強力な魔法を使うことが出来る人間に気づいてもらえれば。ただ、そんな人間が現れるかどうかは――。

「さてと。じゃあ、さっそく火をつけてみましょうか」

「――!」

 カリストは恒例のごとく指をパチンと鳴らすと、ウサギのロウソクの頭に火が灯る。その温かい光はコレクションルーム全体を照らし、一層魅力的な空間を演出した。

「うんうん、やっぱり相性抜群。偶然とはいえ、良いものを手に入れたわ」

 カリストはそう満足げに言うと、そのまましばらくの間コレクションルームの様々なコレクションを改めて見始めていた。

(あっ、ロウが、体が溶けちゃう……また、姿が……変わっちゃう……)

 火を灯されたウサギのロウソクは、ほんの少しずつ溶けながら、煌々と明かりをともし続けた。溶けたロウは燭台に溜まり、やがて再び固まっていった。

 そうしてコレクションに加えられたウサギのロウソクはカリストに気に入られ、コレクションが増えてコレクションルームを訪れるたびに、ロウソクに火を灯された。そのロウソクは芯などなくとも、その内側に籠った大量の魔力によって、魔法の火を灯す。そしてロウソクは、使われるたびにその姿を徐々に変えていった。

 耳が溶け、頭が溶け、体が溶け、やがて――。

(もう……ウサギですらない……これじゃあただの、ロウの塊……誰か……助けて……私は、キュレーネなの……お願い、誰か……)

 かつて花守市を守っていた勇敢な魔法少女は、ウサギに変えられ、ロウソクに変えられ、溶けて固まりを繰り返してそして今やとうとう燭台の上に溜まった、ただのロウの塊となってしまった。それでもなお彼女は生きていた。魔法の炎を灯し続けながら、現れることのない、誰かへの助けを求めながら。

 勿論、彼女の声は誰にも届かないし、彼女もまた誰の助けも聞こえていなかった。だから、気づくことはなかった。自分を受け止める燭台こそが、かつての友の変えられた姿である事も。

 こうして花守市からまた一人、魔法少女が姿を消した! だが、まだまだ魔法少女たちのバトルロイヤルは続く!

 花守市の残りの魔法少女は、あと【973,534】人!