モンスター×シフト~ダンジョンのボスってバイトだったんだ~

 この世界には数多のダンジョンが存在している。洞窟、森、廃坑、遺跡、砂漠。自然発生したものから、人造のものまで、あらゆる場所に、様々な種類のダンジョンが存在している。

 そして、ダンジョンは冒険者の仕事場でもある。ある者はモンスターの討伐のため、ある者は素材の採掘のため、ある者は世界の秘密を解き明かす調査のため、日夜ダンジョンに挑み続けている。

 もちろん、私もその一人だ。ある目的のため世界中のダンジョンを訪れ、任務をこなし、ある程度業界でも知られるようになってきた。

 そして今、私が挑んでいるのが、通称「勇者の塔」と呼ばれる伝説のダンジョンだ。古の時代、勇者に相応しいものを選別するために神が作ったとされる巨大な塔で、「一人でしか入れない」「入るたびに中の構造が変わる」「一定回数進むごとに環境が大きく変わる」「普通のモンスターがとても強い」「環境ごとにボスがいて、それら一体一体がとてつもなく強い」といった、ダンジョンの総決算とも言える作りになっていて、特に強さや名誉を求める冒険者達にとって、一つの憧れの様な存在になっていた。

 何より、このダンジョンを完全制覇できれば、ギルドから「勇者」の称号が与えられ、請け負える任務の種類や、ギルド内での権限が大幅に増え、何より税制面で大幅に優遇されるようになり、バラ色の生活が約束されているわけだ。

 マジでギルドの確定申告の煩雑さから解放されるなら、私は勇者になりたい。というのは本音だけど、金銭面にこだわるのはシンプルに、実家は勿論、故郷の町に恩返しがしたいからに他ならない。町の近くで起きた戦で戦災孤児となった私をはじめとする子供たちを引き取って、優しく育ててくれた町の人のために、私はとにかく金と名誉が欲しかった。それが、共に戦災孤児となった子供たち同士の約束でもあった。

「誰かが勇者になって、この町を豊かにすること」

 私たちは切磋琢磨して、みんなが冒険者として自立できるくらい強くなり、各方面で活躍しているけど、おそらく話を聞く限り、私が一番強く、私がこの勇者の塔挑戦の一番乗りらしい。

 ここで私が勇者になればみんなが無理する必要もなくなるし、仮に私が失敗しても試金石にはなる。そう思って挑んだこのダンジョンは、やっぱりなかなか難しかった。

 世界中の様々なダンジョンを制覇してきた私でさえ、第七環境、三十四階に到達するまでに、ほとんどの回復アイテムと魔法アイテムを使ってしまっていた。倒したボスは六体。その全てが本当に強かったし、他のダンジョンのセオリーが通じない戦い方をしてきた。一体一体が賢く、技も魔法も高等で、明らかに戦術に則って戦っていた。

 だからこそ勝てた、という側面もある。戦いは結局、読み合いだ。相手がどう動くかを考え、それに対して自分がどう動くか考えること。自分がどう動くかを考え、それに対して相手がどう動くか考えること。その繰り返しを続ける作業だ。低級のモンスターがセオリーにない行動をして、かえっててこずることもあるし、高級のボスモンスターの方が、思考が明確で読みやすいのはある。が、このダンジョンは特にそれが顕著だった。

 また、奇妙な共通点もあった。全員が、似たような首輪をしていたのだ。ダンジョンへの忠誠の表れなのか、あるいはモンスターを制御するための装置なのか。そういうダンジョンが他にもなかったわけではないけど、珍しいのは事実だった。

 まぁあれこれ考えたところで、結局は三十五階を前にして、私はもう詰みかけてる。仮にここを踏破しても、最上階まではたどり着けないだろう。だからといって、ここまで来て、三十五階のボスを目の前にして、脱出アイテムで安全に逃げ出すつもりもなかった。

 このダンジョンはミッション出来ているわけでもなく、何かお宝を入手したわけでもない。今更、最高難易度のダンジョンで一度敗退したところで傷つくほどのやわな名誉でもない。だから、私としてはやられて死に戻りでも大きな問題はなかったので、なら、派手にやられて死んでも構わなかった。戦って、その強ささえ確かめられれば。

 そうして私はいよいよ三十五階に足を踏み入れる。下の階でも気づいていたが、足を踏み入れた瞬間、想像以上の熱波に不意を突かれる。……それまでの六体とは、明らかに強さのレベルの桁が違うことが分かった。

 ――ファイヤードラゴンだ。それも、最強クラスの。私の体よりもはるかにデカいそのモンスターが、口から、体から、炎をまき散らしながら私を見下ろしている。その目は、敵や獲物を見る目というよりは、新たな挑戦者が訪れたことへの歓喜の目に近かった。ここのボスは、他も似た目をしていたことを何となく思いだす。

 私はドラゴンとの間合いを測りながら、自分の状態を確認する。既に自分に対して冷却魔法を使って、熱の対策はしている。可能な限りのバフもかけてある。けど、長期戦は絶対に持たない。肉を切らせてなんとやら。ダメージ覚悟で、突っ込むしかない!

 私は短剣を取り出して、急加速でドラゴンへと接近する。ドラゴンは私の反応を見て、大きく手を振りかぶる。勿論、その遅い攻撃を私がかわすことは造作もない。が、それは当然のように相手の策略であることも容易に想像がつく。飛んで避ければ、すぐさま炎を吐くつもりだ。空中に逃げ場はないので、私は確実にダメージを負ってしまう。地上で逃げ回り続けるのが得策だが、当然それも先読みして、口と体から放出される炎で私の逃げ道を塞いでくる。私が飛び上がるのを、狙っているんだ。

 しかし、私が取れる戦略はやはり飛ばないこと。ドラゴンの唯一の弱点はその巨体故の、接近戦の弱さだ。密着し続け、動きを封じ、細かなダメージを与え続けるしかない。とはいえ、常に体から炎を噴出しているファイヤードラゴン相手に、それを続けるのは非常に困難ではあるけど。手持ちのアイテムが尽きている以上、我慢比べをするしかなかった。

 私はドラゴンの足元に飛び込み、指先や脛といった比較的皮が薄く、ダメージが入りやすいところを狙って集中的に切り付ける。ドラゴンはそれを嫌って当然距離をとろうとするので、不燃性のロープで足を縛り、ロープの端を地面に打ち付けて、さらに動きを遅くするデバフ魔法をかけて、ドラゴンの動きを制御する。

 私は動きが鈍ったドラゴンの体を、頭部を目指してよじ登る。燃え上がる炎が、熱波が、私の皮膚を、肺を、焼き付ける。冷却魔法で身を守っていても、このダメージ。長くはもたない。私に勝ち筋があるとすれば、ドラゴンの目をえぐり、視界を奪い、動きを完全に封じたところで、あとはひたすら切り付け続けることだ。身がいつまで持つかは分からない。けど、持つまでやるしかない。

 ドラゴンは私を振り下ろそうと身をよじるが、鈍くなった動きでは私を振り落とすことはできない。私はようやく頭部まで上り詰め、ドラゴンの鼻先に立ち、短刀を手にし、振りかぶる。けどその時だった。ドラゴンの目を見て、私の手が一瞬止まる。何故かはわからない。何か、本能的に、躊躇をしてしまった。

 ――人間に、剣を向けてはならない。

 どこかで私は、そう思っていた。けど、なぜ私は今この瞬間、ドラゴンに向かって、それを思い返したんだろう。ここまでのボスの際にも、同様に一瞬手が止まりかけた瞬間があった。ここのボスは、どれも不思議な感じがしたのだ。けど、ドラゴンの方は、私の隙を見逃してはくれなかった。

 私の動きが緩んだ瞬間、ドラゴンは首を大きく振って私をはねのける。私の体が、宙に舞う。終わった。考える前に、そう感じた。空中で姿勢をとりながら、ドラゴンが大きく口を開いて、巨大な火球を作り出しているのを確認した。あぁ、空中でも回避できるようにワイヤーフックも準備するべきだったな。回復薬のペースはもう少し考えるべきだったな。ダメージ量を臨機応変にするために、大剣の訓練と携行もしなきゃな。色々な反省点を考えながら、私の体は徐々に落ちていく。

 その落下先を目掛けて、正確に、ドラゴンの火球は放たれた。ドラゴンの体から噴き出す炎なんて比較にならないほどの高温が、私目掛けて飛んでくる。私はなすすべなく、すべてを受け入れる。熱い、とか痛い、とか思う暇さえなく、私の意識はそこで途切れ――。

 気づいた時には、私はベッドの上で横になっていた。死に戻りが発生してギルドに戻された、と思っていた。が。見上げる天井に、見覚えがない。ドラゴンの炎の熱におびえる体を無理やり起こして、あたりを見渡す。そこはちょっと狭いけど、綺麗な部屋だった。ベッドのほかには、椅子と、テーブルと、小さめの箪笥と。必要最低限のモノだけがある、シンプルな部屋だけど、どれもちょっと高そうだ。贅沢な調度品、というよりは、丹精込めて作られた一級品としての高級さがある。もちろん、ギルドにそんな部屋はない。

 私が戸惑っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

「すみません、入っても大丈夫ですか?」

 聞こえてきたのは女の子の声だった。私は戸惑いながらも、とりあえず返事をする。

「……どうぞ」

「では、失礼します」

 扉を開けて部屋に入ってきたのは、声のイメージ通りの、小柄でおとなしそうな女の子だった。銀色の長髪をなびかせて、私にそっと微笑みかけてきた。小さいから一瞬幼く見えるけど、その顔つきから私と同じくらいか、少しだけ上ぐらいの年齢だろうか。でも、その割には落ち着いて見えるけど。

「お体の具合はいかがですか? ポーシャさん」

「どうして、私の名前を」

「ギルドにご登録いただいてますから、当然存じ上げております。セヌヴォ郊外の名もなき小さな町の出身。若干十六歳にして既に六大陸の主要ダンジョンを踏破。ギルドの関係者なら、知らない人の方が少ないくらいではないでしょうか」

 自分の経歴を他人にそう言われると、ちょっと恥ずかしくなる。ましてや、負けた後だと余計に。

「ということはここはギルド? そうは見えないけど」

「はい、おっしゃる通りここはギルドではありません。ここはいわゆる勇者の塔、その最上階です」

「えっ」

 意外な答えに、私は思わず開いた口がふさがらなかった。死に戻り先は、ギルドに設定していたはず。なのになぜまだ、私は勇者の塔にいる? しかも、ここが最上階?

「どういうこと……ですか? 死に戻りが、発生しなかったってことですか?」

「いえ、そうではなく。あなたが第六のボス、グリフォンを破った時点で、死に戻り先をここへと変えさせていただきました。そのことについてはお詫びします」

「書き換えた……!? 死に戻り先を!? そんな、どうやって――」

「先ほど、ここはギルドではない、とは言いましたが、広い意味では私も、この塔も、ギルドと同等の存在とも言えます。ギルドと連携をとり、許諾を得て、ギルドと同等の権限を有しています。あなたの情報も、死に戻り先も、ギルドとの協定により許諾を受けて、私のそれぞれ権限によって取得、変更させていただきました」

「そんな、あなたは一体……!?」

「申し遅れました。私はジュリエット。この勇者の塔の管理人です」

 塔の……ダンジョンの管理人? 私は理解が追い付かず、首を傾げた。本当に、比喩でなく首を傾げることって、あるんだな。

「まだ、お体の調子が戻ってらっしゃらないとは思いますが、出来れば広いお部屋で、他の方も交えてお話が出来ればと思っておりますので、一緒に応接室へ来ていただけますでしょうか」

 今の私に、拒否する理由もなく、言われるがまま私はジュリエットさんに連れられて応接室へと移動する。……というか、ここは本当にダンジョンの中なのだろうか。めちゃめちゃ普通に、ちょっと豪華な広い屋敷の中にしか見えないんだけど。

「こちらです、どうぞお入りください」

 促されて応接室に入る。さっきの個室っぽい部屋よりもずっと広く、道具もより豪華で、いかにも応接室応接室した応接室だった。……いや、なぜダンジョンに応接室が……?

 などと疑問に思いながら部屋を見渡していたが、ふとソファーに人が既に座っているのを見て、私は思わず姿勢を正した。

「どうぞ、お座りください」

 うわー、なんか急に、数年前にギルドの面接を受けた時のことを思い出した。あの時の緊張感と、同じ緊張感だ。私は急にぎこちない動きになりながらも、椅子へと腰掛ける。

 向かいのソファーには、ジュリエットさんと、おそらくは四十代くらいの綺麗な、だけど筋骨隆々な女性が座っていた。

「ではポーシャさん。改めまして、勇者の塔へようこそ。先ほども名乗りましたが、私は管理人のジュリエット。一応、ここの責任者ということになります。そして、こちらはデズデモーナさん。非常勤でここに入っていただいてます」

「デズデモーナだ。ジュリエットが言った通り、非常勤の立場だからここじゃあヒラなんだけど、まぁ一応古株ってことで、こういう場には同席させてもらってる。まぁ、私はジュリエットのただの部下だから、あまり気にしないでくれてかまわないよ」

「いやほんと、デズデモーナさんが部下って、めちゃめちゃ恐れ多くて、まだ慣れないんですよね~……」

「はっはっは、頼むぜここの長なんだからさ。自信持って胸張って仕事してくれよ」

 デズデモーナさんの圧に、ただでさえ小柄なジュリエットさんがより小さく見えた。……けど、待って。ジュリエットとデズデモーナ……どこかで聞いたことがあるような……?

 小柄な、ジュリエット。筋骨隆々な、デズデモーナ。……いや、まさか。私はふと二人の顔をまじまじと見る。朧げな記憶に残る、過去に見た絵の記憶をたどる。……いや、まさか、まさか。

「お、やっと気づいたかい?」

「え、あの、じゃあ……デズデモーナ……さんって、もしかして、あの勇者デズデモーナだったりします?」

「はっはっは。そうだよ、私がその、勇者デズデモーナ様だよ」

 勇者デズデモーナ! 二十五年前、久々に勇者の塔の踏破に成功して、勇者制度の魅力と効果を今の世代に知らしめた、あの勇者デズデモーナ! 巨大な大剣をふるい、あらゆる敵を瞬く間に葬り去る様から付けられた異名が「閃光」! 第十代勇者デズデモーナ!

「え、じゃあ、じゃあじゃあ、ジュリエットさんって、もしかして、もしかしなくても、あの、ジュリエットさん……!?」

「えー、そうですね。私も、その、勇者ジュリエットです」

 勇者ジュリエット! 十年前、わずか十七歳という史上最年少で勇者の塔を踏破した圧倒的な強さだけではなく、強さに反した小柄でかわいらしいルックスなうえ、学業も優秀であることから、アイドル的人気で一世を風靡したあの勇者ジュリエット! あまりのアイドルっぷりについた異名が「国民の勇者」! 第十一代勇者ジュリエット!

 なんてことだ。私の目の前に、現役最強の勇者二人が、揃い踏みしていることになる。なぜ、どうして急にこんなことに……!? どうして……!?

 というか、ジュリエットさん私のちょっと上どころじゃないじゃん! 全然年上じゃん! 見誤ったー! あまりのかわいらしさに見誤ったー! 過去の写真の時と髪型や服装全然違うから全く気づけなかったー! 好きな勇者だったのにー! ここまでで失礼なことしてないかな、私!? 大丈夫かな!?

「まぁ、落ち着きなって。驚くのは分かるけどさ」

「落ち着けって言われても……! その、勇者お二人がなぜ、勇者の塔に……? ジュリエットさんが管理人って、どういうことなんです?」

「分かりました。順を追って説明させていただきますね。とりあえず、お茶でもどうぞ」

 ジュリエットさんは、驚く私にお茶を差し出してくれた。私はひとまず有難くお茶をいただき、気持ちを落ち着かせる。

「まず、この勇者の塔。神が作ったと言われていますが、それはただの神話です。……まぁ、神に等しい、めちゃくちゃな技術力を持った古代の人が立てた施設なので、神が神ではないということ以外は、大筋神話の通りなのですが」

 神話はもちろん神話だから、神が作っていない可能性は別にあるかなとは思っていたけど、こんな複雑で、高等なダンジョンを、人為的に作ったと考えると、それはそれでちょっとにわかには信じがたかった。

「勇者を選別するために建てられたこの塔ですが、優秀な勇者を選別し排出するために、その管理は代々人の手によって担われてきました。勇者に相応しい者を選ぶ。それを人が行う。そのためには、ダンジョンの管理は、勇者か、勇者に匹敵する優秀な人材によって行われなければなりません」

 人の手によって運営されるダンジョンが、この世界に全くないかといえばそんなことはなく、確かに私もいくつか踏破したことはある。でも、まさか勇者の塔がそれだとは微塵にも思っていなかった。人の手で作り出せる仕組みでも、人が制御できるレベルのモンスターの強さでもなかったからだ。たとえ、勇者や、勇者クラスの人間が運営していたとしてもだ。

「なので、この塔の役割は、単純明快です。勇者に勝った者に、勇者の称号を与えること。そしてそれが、私たちの仕事です」

「仕事……仕事って、どういうことですか? まだ、話が呑み込めなくて……」

「じゃあ、こう言えば分かるか?」

 それまでジュリエットさんの説明を聞いていた横で聞いていただけのデズデモーナさんが、会話に割り込んできた。そして、私の目を真っ直ぐじっと見て、にやりと笑ってこう言った。

「さっきは、手加減できなくて悪かったな」

「っ!?」

 私をじっと見る目。その目に、見覚えがあった。というより、さっきその目を見たばかりのはずだ。

「だが、相手が人間かもしれないってだけで躊躇してちゃ、勇者にはなれないぜ? 時には、非情な手を下さなきゃいけない時もあるからな」

「え、待って、待ってください!? え、ちょっと、え、そんなこと、ありますか!? どういうことですか!? さっきの、私が戦ってたファイヤードラゴンって……!」

「もちろんこの私、勇者デズデモーナ様だ」

「――!」

 あー。人間って驚きすぎると、何の言葉も出てこないんだな。私は口を大きく開けたまま、暫く何もしゃべれなかった。あのドラゴンが? でっかくて、強くて、(物理的に)熱いドラゴンが? デズデモーナさん?

「えっと、あの、つまり……どういうこと、ですか……?」

 ようやく振り絞った声で、私はジュリエットさんに問いかける。

「つまりこのダンジョンは、『勇者になりたい人の強さを見極めるために、勇者か勇者くらい強い人間がモンスターに変身して戦ってみて、勝ったら勇者と認めちゃうよシステム』ということです!」

「ネーミング!」

「ごめんなさい、勇者の塔の呼称が定着しすぎて制度とか仕組みとかに特に正式名無くて……口頭で何となく伝わってるうちになんかこんな名前になっちゃったみたいで……」

「っていうか、何て言いました? 人間が、モンスターに、変身? そんなこと、そんな魔法……聞いたことが……」

「あるんだよ、変身魔法。強力すぎるのと、制御が難しすぎて、一般には存在すら知らされていないけどな」

 にわかには信じがたい。人間がモンスターに変身する魔法があるなんて。禁止したところで、実在するなら情報位手に入ってもおかしくないのに。いや、ギルドの情報統制能力があれば、できなくはないのか? でも……。

「今日ポーシャさんが倒した六体のモンスターも、全て人間ですよ」

「えっ……あの、その、私でも、人間だなんて知らなくて、その……思いっきり……」

「大丈夫です。このダンジョンでは、死に戻りの仕組みは元人間のモンスターにも適用されます。彼らは蘇生され、人間に戻って治療と休憩をしてもらってます。それも含めて彼らの仕事ですから」

 確かに、ギルドの死に戻りシステムがあれば、それくらいのことはできるだろうし、死に戻りシステムがあるなら、人間がモンスターに変身する技術くらい、あってもおかしくはない。けど。けども。

「まだ信じられない、って顔ですね。分かります。私も事実を知った時は戸惑いましたから」

「それに、そもそも何でそんな大事な話を、明らかに秘密にしなきゃいけない話を、私にしたんです? そんなギルドの裏話みたいなの、私無勢って言い方はおかしいですけど、一介の冒険者が知っていい情報じゃないと思うんですが」

「ここまでお話しさせていただいたのは、他でもありません。単刀直入に申し上げて、このダンジョンで、勇者の塔で、ボスモンスターとして、アルバイトしていただきたいのです」

 ……。

 …………。

 なんて?

「先ほどお話しした、ポーシャさんが倒したボスも、デズデモーナさんも、ここでボスモンスターとして、アルバイトとして働いていただいています。ポーシャさんにも是非、ここでボスモンスターとして、共に働いていただきたいのです」

 へー。

 ダンジョンのボスってバイトだったんだ。

 ……っていきなり言われても!

「その、どうして私が? 私、六体までしか倒せてないんですよ?」

「ポーシャさんが倒した六人は、勇者でこそありませんが、ポーシャさん同様この塔に挑戦し、惜しいところまで到達して、デズデモーナさんに負けた冒険者の方々です。それほどの実力者が、モンスターの力を手にしてさらに強くなっているところを、六体も倒しているわけですから、とてもお強いわけです。我々は是非、ポーシャさんの力をお貸しいただきたいのです」

「その……でも……」

「バイトといっても、うち、お給料いいですよ?」

 その言葉に私の耳はピクリと動く。

「ええっと、その話……詳しく」

「具体的には、このように」

 ジュリエットさんはそう言って書類を私に手渡してきた。目を通すと、確かに戦闘一回で、普通のギルドの任務数回の報酬に匹敵する金額が書かれていた。任務は長い時間かかるものもあるし、拘束時間を考えたら、非常に割のいい仕事ではあった。

「もちろん、勇者を目指す上でも、この仕事をすることはメリットがあります。同僚の手の内が知れること。モンスターの特徴を、文字通り身をもって学べること。何より、このダンジョンの挑戦者は、全員ここに挑戦できるくらいの実力者なわけですから、勝った時に得られる経験値は、そこら辺のモンスターの比ではありません」

 話を聞く限りいいことづくめではあった。デメリットはほとんど見当たらない。ただ、あるとすれば。

「その、私がモンスターだってこと、みんなにバレたりはしないんですかね……?」

「基本的には。ただ、今こうしてポーシャさんに事情をお話ししているように、勇者クラスの実力者には、勧誘をする場合でもしない場合でも、内情をお話ししていますが……あぁ、そうですね。ポーシャさんの同期の方はお強い方が多いですから、もしかしたらいずれ、知られることにはなるかもしれません」

 ジュリエットさんは少し申し訳なさそうにそう告げる。そう、私と同じ町出身の、戦災孤児の子にとっても、勇者の塔は当然目標の存在。だとすれば、私がボスモンスターとして相対する可能性だってある。

「うーーーん。お金や経験値は魅力ですけど……ちょっと恥ずかしいし……」

 私は、今日戦ったモンスターを思い浮かべる。ドラゴンやグリフォンは、まぁなれるならちょっとなってみてもいいかなとは思う。でも、ミノタウロスとか、スライムだとかは、ちょっとな……なってみないと、受け入れられるかどうか……。

「もしよければ、なってみます? 実際に」

「え」

「変身に抵抗があるのでしたら、一度実際に変身してみて、それでもどうしてもいやなら、やめても構わないと思うんです。どうです、試してみませんか?」

 もう、すごいぐいぐい来る。どうしても、ここで働いてほしいんだなという気持ちは強く感じた。確かに、ここまで到達できる冒険者自体、なかなかいないもんな。

「わかりました。じゃあ……まずは一回だけ、変身させてもらえますか?」

「わかりました! じゃあじゃあ、ちなみに、何になってみたいですか?」

「そうですね……あえて、どちらかというと、今回戦ってみた中で、なりたくないなってモンスターに一回なってみようと。それで抵抗が、どれだけあるか。自分でも知ってみたくて」

「ちなみに、どのモンスターです?」

「ミノタウロスです」

「あー……まぁ、気持ちはちょっとわかります。じゃあ、ここで変身するのもなんなので、相応しい場所に移動しましょうか」

「ふさわしい場所?」

「今日のミノタウロスの出現フロア。五階にです」

 そうして私は、ジュリエットさんとデズデモーナさんに連れられて応接室を出ると、エレベーター? という名の不思議な小部屋に入る。どうやらこの部屋は各階と直接つながっていて、塔の中を上下に移動するための装置らしい。まさかこんな便利な装置まであるなんて。古代人の技術力には毎度驚かされる。

 上るのに大変苦労した塔を、あっという間に五階まで降りた私たちは、ミノタウロスの部屋へと足を踏み入れる。さっき……と言っても、戦ったのはもう十時間以上前だけど、あの激闘の記憶がすぐに蘇ってくる。勇者の塔最初のボスモンスターではあったけど、その強さはそこら辺のダンジョンのボスモンスターよりけた違いに強く、私も一歩間違えればここで負けていたほどのギリギリの戦いだった。それが、勇者クラスの実力者だったのなら、ちょっと納得が出来る気がする。戦い方というか、斧の構え方や振り方、体の使い方が歴戦の戦士みたいだったと思ったけど、歴戦の戦士だったのなら、そりゃそうだというだけの話である。

「各フロアには、冒険者の目には見えない隠し部屋が用意されていて、まぁモンスター役の人の休憩室になっています。そこに、変身するための装置も用意されているんです」

 ミノタウロスの部屋にある隠し扉を開けて中へと踏み入れると、そこもまたかなり広い部屋だった。隅の方に、人間が座るための椅子や机、その隣にはその三倍ほどの大きさの椅子や机があって、両方の姿で休憩できるのが分かる。部屋の真ん中には、淡い光を放つ大きな台座があるが、これがおそらくその変身装置とやらだろう。

「手順は難しくありません。装置は、自動で作動するようになっています。心が決まったら、台座に乗ってください」

「わ、わかりました」

 ジュリエットさんに言われて、私は一つ深く、深く深呼吸をする。普通のミノタウロスは、これまで何度も倒してきた。その姿が、一瞬フラッシュバックした。今からそれに、私がなるんだ。

 私は台座の上にゆっくりと足を乗せ、その上へと登る。台座全体の広さは、人間の私にはあまりに広すぎる。だけど、もしミノタウロスなら――。そんな想像をしていると、ジュリエットさんが声をかけてくる。

「まずは、装置が今のポーシャさんの姿をスキャンして、最適なミノタウロス姿をはじき出します。そのあと、それに従って装置が変身魔法をポーシャさんにかけていきます。まずは下半身から段階的に、頭まで姿を変えていきます。変身の過程で装備の服が破れたりしますが、事前のスキャンで記録されていて、後から復元可能なため問題ありません。完全に変身が完了した後、装備もミノタウロスに合わせたものへと変化し、最後に武器が生成されます。変身の流れは以上です。質問はありますか?」

 とりあえず、身を任せるしかないということは分かった。

「大丈夫です。お願いします」

「では、右手を胸の高さまで上げてください。すると目の前にダイアログが表示されます」

「こ、こうですか?」

 言われるがまま、右手を胸の高さまで上げると、目の前に光の板の様なものが浮かび上がる。これがダイアログというものだろうか。古代の言葉で、「変身を開始します。よろしいですか? はい/いいえ」と書かれていた。

「はい、に触れると変身が始まります。良ければ触れてください」

「大丈夫です、触れます……!」

 自分の手が、かすかに震えているのが見えていた。私、さすがにちょっと、怖くなっているのかもしれない。それでも、これまで何度も味わってきた死の恐怖に比べたらと思い、私は意を決して「はい」の光に触れた。

 すると目の前のダイアログが消え、光の線がいくつも行ったり来たり、私を照らしていく。これが、スキャンしているというやつだろうか。程なく光が収まると、今度は赤い光がしたから現れる。そしてそれが、魔力であることはすぐに理解した。これまでの戦闘経験で、魔力の流れを感じ取ることも、ある程度はできている。これが、変身魔法の光なのか。

「ある程度は動いても大丈夫ですが、スムーズな変身のため、なるべく動かない方が楽ですよ」

「は、はい」

 私は、ゆっくりと迫ってくる魔力に対する恐怖心を捨て、その魔力に身をゆだねた。赤い魔力の光が私の靴に入りこむと、急に私の靴がきつくなっていく。目には見えないけど、自分の足が、魔力によって作り変えられていく感覚がある。そして次の瞬間、パァンと靴がはじけたかと思うと、そこから姿を現したのは、茶色くて固い蹄と、濃紺の獣の毛で覆われた牛の足だった。つまり、そういうことだ。私の足が、牛の足になってしまったんだ!

「本当に、変身魔法……!」

 赤い光は戸惑う私をよそに、どんどん上へと上昇していく。その度に私の体は徐々に作り変えられていく。元々鍛えていた筋肉がさらに太く逞しくなり、その上を短い濃紺の毛が覆っていく。肥大する足に耐えられず、パンツが裂けていく。腰まで到達すると、魔力は一旦お尻のあたりに集中し始めたかと思うと、にゅるり、と尻尾が生えてきた。しかも尻尾は、私の意志で動かせる。変な感じがした。

 魔力はどんどん上へと上がっていき、私の体はどんどん人間からかけ離れていく。まるで風船のように体がどんどん大きくなっていって、筋肉が盛り上がる。腕も太くなり、手の先からは蹄と同じ茶色の鋭い爪が生えてくる。気づけば、顔意外は変化を終えていた。

「が……グゥッ……!」

 そしてとうとう光は私の顔を包み込む。光によって、私の顔が、鼻先が前へと押し出される。歯は鋭い牙へと変化していく。耳は横にピンと長く伸び、頭の上からは茶色くて大きな角が生えていく。自慢の金髪は、色はそのまま首筋から背中まで生え伸びて、たてがみへと変わる。

「グ……グウォォォ……!」

 変化を終えて、思わず漏れた声。でもそれは、私の知る私の声じゃなく、猛々しいモンスターの声だった。それを聞いて、自分が本当にモンスターになってしまったのだと実感した。

 今台座の上にいるのは、私じゃない。破れた私の装備を着た、一匹の巨大なミノタウロスだ。でも、変化はまだ完了ではない。まだ私は、私の装備を来ているのだから。

 変化の光は最後に私の装備を包み込んでいく。上半身の装備はそのまま、光と共に霧散し、下半身の装備は光が徐々に変化していき、最終的には腰みのへと変わっていった。

 そして光は私の目の前に集まると、その光が徐々に一つの武器を形作っていく。それは、巨大な斧だった。斧が完全に完成し、私の目の前で宙に浮かんでいる。側面は金属だから、私の姿がはっきりと映っている。

 濃紺の毛、筋骨隆々な肉体、大地を踏みつける大きな蹄、強さを象徴するような大きな角。そして、目の瞳孔は横に長い牛のモノへと変化していて、鼻には鼻輪が、そして首には、このダンジョン共通の首輪があった。

 もう、私の面影はほとんどない。たてがみが変身前の髪の毛の色と同じであることや、腰みのの色が、私の元の装備と同じ赤色であることを除けば、あとはもう、完全に別物だ。

 かつてこの世界に存在したミノスという国で生まれた牛の獣人、獰猛で、力で全てをねじ伏せる、凶暴なモンスター、ミノタウロス。

 今私は、本当に、本当にミノタウロスに、モンスターになっちゃったんだ……!

 最後に私が斧を手にすると、光は完全に消える。私は中を見渡す。広いと感じたこの部屋が、そこまで広く感じなかった。台座も、ミノタウロスになった今見れば、ちょうどいい大きさだった。

「どうですか、落ち着いたら降りてきてください」

「グウォ……」

 はい、と答えたつもりだったけど、出てくるのはやっぱり怪物の唸り声だった。

「喋れないと不便ですから、その解消法もお伝えします。左手を胸の高さまで上げてください」

「ガウ?」

 私は言われるまま左手を上げる。すると目の前に再びダイアログが現れる。どうやら、首輪から投影されているらしい。

「その首輪は、装置の子機の様なものです。様々な便利機能が付いています。ダイアログを操作して、言語を選んで、人語を選択してください」

「グウォ……ガウゥ……」

 言われた通り、言語、人語と選択していく。次の瞬間、一瞬だけ首輪から魔力を感じたと思うと、すぐに消えた。

「グ……あ、あ。声が、私の声! 喋れる!」

 私の喉から聞こえてきたのは、聞き慣れた私の声だった。ほんの一瞬喋れなかっただけなのに、何だか懐かしく感じるし、それだけですごくほっとした。自分を取り戻せた気がしたんだ。

「どうですか、実際になってみて」

「その……やっぱりちょっと恥ずかしいのは恥ずかしいかなと……この鼻輪とか、腰みのとか……たてがみがちょっとだけ私っぽいのも、逆にちょっと恥ずかしいですね……」

「まぁ、気持ちはわかります。私も最初はちょっと抵抗ありましたから」

「ジュリエットさんもですか!?」

 というか、ジュリエットさんがミノタウロスに変身してたってこと!? 歴代最強クラスの勇者である、ジュリエットさんが!?

「はい、私も勇者になった後数年間は、バイトとしてここで働いてましたから。税制の優遇や高額任務も受けられましたけど、私、勇者になった後に王立大学と王立大学院に進学したんで、意外とお金なかったんです。学費ももちろん免除してもらいましたけど、勉強と研究で忙しくて、ミッションどころじゃなかったので。短時間で高給のこのバイトはありがたかったんです」

 なんか、意外だ。最強の勇者が、モンスターになって、次代の勇者を選別していたなんて。

「大学院を修めた後、このダンジョンに正規で就職して、そのあと管理人に抜擢してもらったんです」

「まぁ、歴代最強格のジュリエットがやっぱり、その目で勇者を見極めるのが一番だろうって話だ」

「最強って……デズデモーナさんの方が全然実績あるから、私そう言われても困っちゃうんですよね……」

 ジュリエットさんは本当に少し困った表情を浮かべた。確かに、最強だからこそ最強と言われることへの戸惑いはあるのかもしれない。そして、今の私はまだ、そんな最強の勇者二人の足元にも及ばないわけだ……。

「それよりも、ミノタウロスの姿のことですよね。大事なことは、姿と強さを好きになることです。ちょっと待っててくださいね」

 そう言ってジュリエットさんは、装置の台座の上へと飛び乗った。……って、えっ!?

「今日はもう、他の冒険者も来ませんし、私も仕事が落ち着いてますから、私も付き合いますよ」

 そう言ってジュリエットさんは右手を上げて、出てきたダイアログに触れる。つまりそれは、そういうことだ。

 今から、私の目の前で、最強の勇者が、モンスターに変身するところを目撃するんだ……!

 装置は光を放ちながら、ジュリエットさんの体をスキャンした後、私の時と同じく赤い魔力の光が放たれ始める。その光に包まれて、ジュリエットさんの体が徐々に変化を始めていく。

 ジュリエットさんの履いてた靴が破れたかと思うと、そこから赤い蹄と黒い毛で覆われた足が姿を現す。それを見ただけでも、私とは少し姿が異なることに気づく。思い返してみれば、今日私が最初に戦ったミノタウロスも、私とそっくりではあったけど、毛色はもっと茶色っぽかったし、装備の色も違っていたことを思い出した。

 そう考えているうちにも、ジュリエットさんの体はどんどん変わっていく。私よりも体が小柄だから、その変化の差も大きく感じる。華奢な体がどんどん膨らみ、隆々とした逞しい肉体へと変貌を遂げていく。白く柔らかば肌が、固く黒い獣の毛で塗り替えられていく。ジュリエットという一人の勇者が、一匹のモンスターへと置き換えられていく。

「ぅん……グウォォォ……!」

 喉に到達した変化は、容赦なくジュリエットさんの綺麗な声を奪い、猛々しい怪物の鳴き声へと変えていく。そしてついにジュリエットさんの顔も変わっていく。人の顔が、鼻が伸び、耳が伸び、角が生え、ゆっくり、確実に、牛の顔へと変化していく。柔らかな銀髪は、その質感のまま背中まで伸びてたてがみへと変わっていく。

「フゥゥ……ブフォゥ……」

 そこにはもう、ジュリエットさんはいなかった。ジュリエットさんが着ていた服の、布切れを付けた、一匹のモンスターが立っていただけだ。

 そして、ジュリエットさんにも最後の変化が訪れる。上着は消え、腰みのをまとい、鼻輪と首輪が形作られる。最後に現れた斧を手にして、変化は完全に完了した。

 そこに、勇者も、ダンジョンの管理人もいない。そこにいるのは黒い毛で身を覆われた、巨大なミノタウロスだ。逞しい肉体が、その強さを物語っていて、その姿は、恐ろしさを通り越して、かっこよささえ感じていた。ミノタウロスは台座から降りて、私の目の前に立つ。巨大ではあるけど、人間だったときの身長の差もあってか、私よりかは少しだけ小さかった。けど、元々私たちよりかなり身長のでかいデズデモーナさんを、今は完全に二人で見下ろす形になっていて、なんだか変な感じだ。私は、恐る恐る黒いミノタウロスへと話かける。

「ジュリエット、さん。ですよね……?」

「グウォウ」

 黒いミノタウロスは、笑顔を浮かべてこくりと頷いた。そしてダイアログを操作する。おそらく、言語を切り替えているのだろう。

「グゥ……よし、これでいいかな? ね、ポーシャさん。どうでした? 変身してみて、変身を実際見てみて」

「えっと……不思議な感じです。今、目の前のモンスターからジュリエットさんの声が聞こえてくるのも、今自分がモンスターになってて、自分の声で喋っているのも、自分じゃないみたいっていうか、まぁ自分じゃないのはそうなんだけど……」

「変な感じですよね。でも、私の姿を見て、正直どう思いました?」

「正直、それは……」

 初めは不思議な気持ちが、次に少しだけ怖さや恥ずかしさも感じたけど、でも一番に強く感じたのは。

「……かっこいいかもって、思いました」

「ですよね! 私も、それまでモンスターの姿って、もちろんかっこいいと思わなかったわけじゃないけど、そこまで気にしたこともなかったんです。でも自分がなってみて、他の人がなっているのを見て、あぁ、モンスターもかっこいいんだって、そう思ったんです」

 モンスターが、かっこいい。確かにそれは、あまり思ったことがなかった。ドラゴンとか、グリフォンとか、かっこいいモンスターを見て、かっこいいなって思いはする、けどそれは美を感じているというよりかは、強さを感じているのに近かった。でも今は、ミノタウロス姿のジュリエットさんを、私はかっこいいと思っている。それは、美を感じているんだ。

「そして今、ポーシャさんもそのかっこいい姿になっているんですよ?」

 そうだ、今は私もミノタウロス。私は改めて、自分の斧を覗き込んだ。逞しい顔。鋭い角。隆々とした肉体。強さが、美しさとして形成されているのを感じた。

 そうか、今の私は、かっこいいんだ。

「そう分かっても、他人に見られたら恥ずかしいかもって気持ちはわかります。でも、もしこの強さで戦ってみたいとか、思ってくれるなら。お金も、経験値も得られるこの仕事、選んで絶対に損は無いと思うんです」

 黒いミノタウロスは、その猛々しい見た目とは裏腹に、優しい口調で語りかけてくる。

 私は、自分の気持ちに問いかける。……いや、既に答えは決まっていた。

「正直、戸惑いはまだありますし、不安や、恥ずかしさもまだあります。でも……今は、この仕事をやってみたいっていう気持ちも確かにあります。私もまだ、勇者を目指したいと思ってますし、もう一度ここに挑戦するために、私でよければ、ここでモンスターとして雇ってもらえませんか……!?」

「はい! もちろん!」

 黒いミノタウロスはにこやかに微笑んで答えてくれた。私はそれに思わず照れてしまう。そんな二匹のミノタウロスの様子を、その様子を先輩勇者デズデモーナさんが、ほほえましく見守ってくれていた。

 こうして私は、勇者の塔で働くことになった。普段は今まで通りギルドの仕事をこなしながら、挑戦者が現れた時には、ダンジョンに駆けつけて、事前に決められたシフトに従い、モンスターに変身して戦う「モンスター・シフト」の日々を過ごしている。

 ミノタウロス、スライム、グリフォン、ドラゴン……色々なモンスターへの変身を経験して、モンスターの先輩とも交流して、挑戦者と戦いながら、自分の経験値を磨いていく。

 いつの日か、ジュリエットさんやデズデモーナさんに続く、新たな勇者となるその日を目指して。